2008年12月5日金曜日

これが、プロテスタンティズムと資本主義の倫理?

今、日本の労働市場についての特別講義を聴いてきた。
ものすごく簡単に要約すると、


これから30年、50年スパンで日本の人口減少と高齢化により労働就労人口が減るとすると、
それによる労働力低下を補うためには、労働人口を増やすか、労働効率を上げるという方法がある。
そこで労働人口を増やす中でも、60歳から69歳くらいまでの労働人口に焦点を当てると、
彼らに働く意思がまだありながらも働くシステムが整っていないことがわかる。


以上。
日本のことを知らないドイツの人から見たら、あぁ、日本はそうなんだ、って思うかもしれない。
確かに日本のデータと世界のデータとの比較は、例えば日本の55歳以上64歳以下の人口に対する労働者人口の割合が他の先進国と比較しても圧倒的に高いとか、おもしろいところもあったけど、
まぁ現状分析のみの講義だったからか、新鮮さに欠けてたし、知的好奇心(そんなもの僕にはもともとないって噂もあるけどw)を刺激されることもなかった。

僕にとって唯一おもしろかったのは逆に、講義自体が面白くなかったとこ。
講義をしたのはおそらくドイツ人の先生なのだけど、
本来なら、
あぁ外から見るとそういう風に見えるのか、
ってはっとさせられることがあってもいいはずなのだけど、それが全くなかったことが逆に不思議。
彼の視線はもっぱら労働の中でも企業における労働に向いていたのだけれど、
労働人口が減るから、それを維持する、または増やすにはどうしたらいいだろう?
っていう前提、
ただでさえ日本において60歳代の就労割合は高いのに、それでもまだ働かせるにはどうしたらいいだろう?
っていう発想、

どうして日本において60歳代の就労人口割合は高いのだろう?
そんなに働かなくてもいいじゃない?
っていう発想には決してならない。


もし、マニラのスラムに住む人がこの講義を聞いたら、どう思うだろうか??

2008年12月4日木曜日

耳びったぁぁぁあ

ちいちゃな、ちいちゃなモモが、誰もがうまくできないけれども、モモだけができたことは、
話を聞くこと。
ぜんぜん特別なことじゃないでしょ、
この本を読んでいる多くの人は、おそらくこう思うでしょう。
誰にでもできる、って。

それは違うよ。
本当に人の話をよく聞くということは、ほとんどの人にはできていない。
それが、モモにはできた。

モモに話を聞いてもらうと、
どんなにおろかしい人でも、思慮深く考えることができる。
そこまでたどり着けるように、何か話したり訊ねたりするわけではないよ。
ただそこに座って、じぃーっと耳を傾ける、
ありったけの関心と思いやりをもって。
その大きな黒い瞳ですぅっと見つめられると、
想像するのは難しいだろうけど、
モモがふぅっと自分の中に入り込んでくるような、そんな感じがする。

モモに話を聞いてもらうと、
どうしたらいいかわからず途方にくれていた人でも、自分の道を見据えることができる。
内気で臆病な人が、突然快活で勇敢な気持ちになれる。
不幸に気の滅入っていた心が、自信と喜びに満ち溢れる。
もし誰かが、自分の人生は間違いだらけだった、生きてる意味なんてない、
自分の姿なんて他の人に埋もれて見えやしない、
誰も自分を頼りになんかしてない、
壊れたやかんみたい、いつでも取替えもきく、
そんな風に思っていたら、
モモのところに行って、全部話を聞いてもらうといい。
そうしたら、話しているうちに、
自分の考えはてんで間違っていたって、
今いる自分がかけがえのないって、
この世界に自分がいることの意味だって、
なんだかわかってくる。

モモが話を聞くことができるっていうのは、そういうこと!


ミヒャエル・エンデ,『モモ』
14・15ページより


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ここ1週間くらい、家帰った後はもう全然やる気でないし、
本屋さんで買っておいたモモの目に留まったところをちょっと訳してみた。

「話を聞く」って訳してあるのはドイツ語だと"zuhoehren"。
英語の"listen to"に当たるのかな。
辞書を引くと、「耳を傾ける、傾聴する、注意深く聞く」ってでてくるのだけど、
もともと"hoehren"が英語の"hear"で、
"zu"っていうのが方向とか対象を表す英語の"to"に当たる言葉だから、僕のイメージだと、
自分から耳だけびよ~んって伸ばして、音の出ているところにできるだけびたぁ~って近づけて、聞く、
っていう感じ、笑。

明日から試してみようw



2008年12月3日水曜日

現実と認識の歪み


僕が写真が好きな理由の一つには、
現実と認識の歪みを
簡単に表現できるから。

2008年12月2日火曜日

気持ち切れ気味な今、決意表明

留学開始から、気づいたら2ヶ月が経っていた・・・
やばいやばい、気づいたら残り8ヶ月・・・
なんだ、まだ8ヶ月もあるじゃんか!
と言ってられるのも今のうち、残りを有意義に過ごすためにも、
なんか、最近気持ち切れ気味だし、
ここえらで今までの生活を振り返っとこ。


・・・よしっ、振り返り終了!!
2ヶ月を過ぎて自分がしてきたことを書き出してみると、
自分がしたかったのに、すべきなのにしてないことが浮き出てくる。
そ・こ・で、、この場を借りて決意表明!!!

一、ドイツ語の単語、1日10個暗記します。
(話す機会はそこそこあるけど、このままだとそこそこ止まり、
やっぱり、基礎的なこと、地道に努力しないと1年じゃ高が知れてるよね)

一、テニスかサッカー始めます。
(留学当初、スクリーンアウトができるようになった!とかなんとか意気込んでたバスケットは、体育館の時間割変更とともにいけなくなったw)

一、フィルム写真始めます。
(こっちはフィルムの現像・プリントがバカ安!ってことが先日発覚のため)

一、ドイツ・ヨーロッパについてもっと勉強します。
(最近まで大正デモクラシーとかやってたしw、まだ、どっぷりこっちに浸かってないのよね。
「ドイツのこと知らないことはない」くらいにならないと話にならない、って先輩の言葉を糧に・・・)

一、もっと友達と飲みます。
(自分から、もっと人と付き合ってもいいのかな、ってこと。
友達いなくはないけど、決して多いとはいえない、ってかぶっちゃけ少ないww)


決してがんばってないわけじゃない。
時間を無駄にしているとは思わない。
その証拠に、先日白髪が3本も発見された!!!
(うちの家系は、一生禿げないことの代償として、
このモジャモジャヘアと若白髪を手に入れた。)



けど、このままじゃ帰るとき後悔する気がした。
風風亭の食べ放題で食べ残すと追加料金がかかるけど、
留学でもやり残しがあったときには、ペナルティがあってしかるべき。
与えられたチャンスを不意にするわけだし、痛い目見るのは自分だしね。

2008年12月1日月曜日

もしも、絵が描けたなら・・・

どうしても、絵を描かなきゃいけなかった。
紙なんてあったかいな、
絵の具なんてあったかいな。
キャンパスは机、
絵の具の代わりにコーヒー豆をばら撒いた。



指を動かすと、顔の輪郭が浮かんできた。
けど、絵なんか描いたことないし。
創造力なんてないし。
ってか、コーヒー豆もったいないし。


ワインと青かびチーズを
OKコンピューターを聴きながら頭の中で混ぜ合わせていたら、
クリムトが舞い降りてきて、
僕の代わりに全部やってくれたら、
もっと上手に描けたかもしれないのに・・・