2009年1月27日火曜日

あぁ、悔しい


今日、午前中に一つ授業があったあとはもっぱら図書館に篭っていたのだけど、
結局休憩といいつつ半分くらいは食堂で一杯70セントのコーヒーを飲んでいた気もする。

そんな風に食堂で友達とだらだらしていたら、
こういうの駒場っぽくて懐かしかったのだけど、それは置いておいて、
友達の知り合いっぽい人が来た。
その人は日本学の院生らしく、どうやら研究テーマは「人間の安全保障」だって。

マジで!?
「人間の安全保障」って駒場でばっかり盛り上がってるっていう噂を聞いていたのと、
その割には、夏前に東大出版から出たばかりの『人間の安全保障』の本がミュンヘン大の図書館にあるの見つけて興奮したりしてたところに、
まさかそれを専門にしている人に会うとは思わなかったから、すごくビックリした。

それで、当然「人間の安全保障」って何?
って話になるのだけど、一緒にいた5人のうち知っているのは僕だけ。
それで、僕が説明しだすのだけど・・・

Aus der neorealistischen Sicht ist die Zentralziel der Staaten ist die Sicherheit von den Staat, aber...

ここでリタイア。日本語でもうまく説明できないからなぁ。
けどせめてもうちょっとチャレンジすべきだった。
その後図書館に戻っても、どうやって説明できたのかばっかりに頭がいって、全然集中できない。
ドイツ語がわからないこと、話せないこと、に慣れていた今日この頃、
こんなに悔しいって思いにさいなまれたのは久しぶり。
この場を借りて、リベンジを果たそう。


Während aus der neorealistischen Sicht die Zentralziel der Staaten ist die Sicherheit von den Staat ist, konzentriert "human security" seines Ziel auf die Sicherheit von den Menschen.
Bei Kriegen fallen z.B viele Büger aus, die eigentlich kein Gegenstand des Angriffs sein muss.
Außerdem gibt es in der Welt so viele Leute, die werder Plätze zu schlafen noch was zu essen haben, oder dessen Recht unterschätzt werden, und zwar: keine Gerechtigkeit zwisschen Männer und Frauen oder kein Abtreibungsrecht.
Angrund dieser Situationen besteht der Begriff der "humansecurity" darin, diese Sicherheitsproblemen von den Menschen umzufassen.


あぁ、結局うまく説明できてないし・・・
出口が見えない~

2009年1月25日日曜日

凶器は牛乳



久しぶりの唐辛子盆栽。すくすく育っております。
と油断していたら!今日大量のアブラムシが寄生していることを発見。
殺生しました。しかも、凶器は水で薄めた牛乳・・・
本当、こんな多くの生命を自らの手で奪ったのは、、
小学校の夏休み、大量のセミを虫かごの中に押し込め翌日には全滅事件以来か。

手塚治虫の『火の鳥』で僕が一番好きな鳳凰編の中で、
主人公の我王は悪い盗賊で人を何人も殺し殺し、
最後には自分の妻までも殺してしまう。
ところが彼女は、昔我王が腕についていたのをそっと葉っぱに乗せてやったてんとう虫だった。
ここで我王は、命の大切さに気づく・・・

僕は、アブラムシを殺すべきではなかったのだろうか。
けどこれは、大切な唐辛子盆栽を守るため、仕方なく。
でも、一匹一匹とって外に放り出してやることもできたっちゃできた。
というか、手についたのを何匹かぷちゅって潰したしな。
牛乳で窒息しさせるなんていう残酷なことを平気で書いているWikiに責任はないのか。

人間の生命に対する考え方ってすごく恣意的。
今日も喜んでトンカツ食べたけどなんとも思わんかったし、
そのくせ鯨を食べるのは可愛そうっていう人もいる。
微生物も生命なんだから、一人ひとりの人間は実はたくさんの生命と同居してて、
たぶん今も体の中でその微生物が死んだりもしてるわけで、
僕に食べられた豚も体の中の微生物を自分もすべて含めて一つの生命みたいに考えたら、
最小単位の生命が消滅することなんて大したことないじゃなくなる。

手塚治虫は確か『火の鳥・望郷編』の中で、
地球全体が一つの生命みたいなことを言っている。
そうすると、人間が死ぬのも地球の中の微生物が死ぬようなもの、
人間の中で微生物が死ぬのと大して変わらないことになる・・・

盆栽の中だけのレベルで考えたら、やっぱりアブラムシは殺すべきじゃなかった。
盆栽の中には唐辛子の苗だけじゃなくて、土の中には他のいろんな微生物がいるだろうし、
アブラムシもいたし、そこで一つの生命系ができてた。
だから、もしアブラムシが苗を食い尽くしたらそれはそれでアブラムシ中心の生命系ができるというだけの話。

僕がアブラムシを殺したのは、唐辛子の苗を守ろうという恣意性から。
だから逆に僕中心に考えると、僕は生きるために唐辛子の苗を健やかに育てることが必要なわけで、
自分がこれからも唐辛子に癒されながら元気に頑張るために、苗を守ったまでのこと。
アブラムシの死も、僕という生命系の一部になっただけのこと。

これからもアブラムシは僕にとってやっぱり天敵。
けど、ぷにゅってするのはもうよそう・・・

2009年1月23日金曜日

Schnee


Es hat geschneit.
Weil es in letzter Zeit ein Bißchen warm war,
war die Schnee ein Bißchen naß.
Nein.
Es ist warm, nicht weil es warm ist,
sondern weil es erwärmt ist.
Was? Wie? Wozu?
Naße Schnee??

Ach, er hat er übertrieben.
Zu viel gemacht.
Die Schnee hat keine solche Farbe!

2009年1月21日水曜日

本格たまごご飯

昨夜のこと、
あぁ、明日の朝ごはんはどうしようか・・・
おじやも飽きたし、明日はたまごご飯と味噌汁にしよう♪
ここ2ヶ月しっかり主食の座を勝ち取った韓国のARIRANG米をとぎ、水に浸しておく。
少し風味をつけるため、粉末の昆布だしを隠しだし程度に混ぜておく。

そして、朝。
まだ寝たいよ~いや、今朝はたまごご飯を食べるんだ!
二度寝への欲求を打ち負かしたのは、そんな馬鹿な、たまごご飯への情熱だった。
ベッドから這いずり出て、炊飯器のスイッチを入れる。
そして、鰹節を削る。



本格かつお節削り器で削った鰹節。
鰹節って、削るものなんですよ。











次は、たまごの用意。
僕は、ご飯と混ぜる前にたまごを混ぜる派だ。
そのときに、醤油も混ぜておく。
炊き立てのご飯、炊けてから若干時間を置いたのを、どんぶりに盛る。
この時に、若干ご飯の中央にくぼみをつくり、そこにたまごを流し込む。



おいしそう・・・
明日の朝ごはんもたまごご飯で決まり!











これに更に、だし醤油をかけて味を調えて完成。
母親にわざわざ持ってきてもらった甲斐があった。
自分で削った鰹節の風味も最高だった。
こんな贅沢できるのは、鰹節を持ってきて、と言っただけなのに
棒状の鰹節と削り器を持って来てくれるという気の利いた兄のおかげだ。


鰹節を削った表面は、
もはや魚というより宝石の原石のようだ。














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ところで、今日バラク・オバマがアメリカ合衆国大統領に就任した。
今テレビには、リムジンに乗ってホワイトハウスに向かうオバマの姿は見えないのだけど、
警備バッチシ、リムジンとそれを囲うSPの姿がひたすら流される周りからは、
ひっきりなしの大歓声が聞こえてきて、ずっとそれを聞いていると、
それがあたかも世界中が新しいアメリカ大統領の誕生にドキドキしているような気がしてくる。

9・11から7年、イラク戦争から5年、あの時もニュースを見ながらドキドキしたけれど、
今回はこれから世界がどうなるのか?ってことに対してゾクゾクするようなドキドキだけじゃなく、
世界がひょっとしたら変わるかもしれない!ってフワフワしてしまうようなドキドキだ。

思えば、大学で国際政治を勉強しようと思ったのは、9・11とかイラク戦争を同時代的に目撃して、
いま世界がどう動いているのか?知りたくなったからだ。
今なら、ドキドキを排して、冷静に世界を見ることができるかな・・・
近いうち、ここで結果を報告します。。

2009年1月20日火曜日

座禅、してみたw


先日、とあるところで日本で1年修行したという人から座禅の話を聞く機会があった。
結局、座禅が何なのかはよく分からなかったのだけど、結局自分でやってみないとわからないよ、
っていうことだったので、やってみることにした。

さて、ここで皆さんにも座禅の仕方を紹介しましょう♪
まず、クッションを用意し、そこに座りましょう。
あぐらみたいだけど、足を手前に組むあの座り方で。
両手は手前で軽く重ね(指は織り込まない)、親指を合わせる。
目は閉じず、軽く視線を落とす。寝ちゃだめってw
大切なのは、背筋をピンと伸ばすこと!

これだけだそうだ。な~んて簡単。
どうしてこんなこと一生懸命やっている人がいるんだろう??
日本に1年いて毎日座って背中叩いてもらってた人がいるっていうんだから、不思議でたまらん・・・

ってことで、僕もさっそくやってみました。
レポートで、テーマはもうはっきりしているし、問いも立てたのだけど、どうアプローチしようか悩んでいた時、
あ、座禅でもしてみるか!と、現実逃避したというのが本当のところww

ところがどっこい、15分後には、頭がすっきり軽くなって、
課題に対するアプローチの方法もあらかた決まって、
後に残ったのは背中の痛みだけっていう。猫背だからなあ・・・

座禅って、現実逃避の精錬された型なのじゃないかな?
何の誰の役にも立たない。ただ座ってるだけ。
寝るわけでもない。背中は痛くなる。

それでも、
泥水だった水が、時間が経つと下に泥がたまって澄んだ水になるように・・・
済んだ心持ちになる。
意識ははっきりしながら、何もしない。
ただ、自分の心と立ち会う。
すると、ぐちゃぐちゃにかき乱れた頭が心が静まってゆく。

何かに行き詰ったら、疲れたら、やる気が全然でなかったら、
こんな現実逃避もお勧めですよ^^

2009年1月18日日曜日

BMW博物館を巡りながらとりとめもない話


突然ですが、BMWって何の略だかご存知ですか?
正解は、Bavarian Motor Works
Bavarianっていうのは、バイエルンのってこと。
そういうわけで、ミュンヘンにBMWの美術館があるわけですね。



BMWは第一次大戦中に操業を開始、
もともとは飛行機のエンジンを造る会社だったようです。
それが、バイク、車と範囲を広げていきました。
ところが今は、バイクと車しか造っていませんね。
飛行機の会社といえば、エアバスはフランス、ボーイングはアメリカ、
日本とドイツがいくら経済発展しても飛行機は造っていない。
ドイツで技術系の博物館に行くと、2つの世界大戦と技術産業との関係が垣間見える。



けど、日本もドイツも第2次大戦後戦争は経験していない。
国際政治の世界でパワーポリティクスがなくならない限り、軍事力の重要性は保たれ、それに後押しされて技術は発展し続けるのかもしれない。
でも、それだけが技術発展が推奨される理由じゃない気がする。
それにしては技術ってかっこよすぎる。



ところで、BMW博物館で車の歴史っていうのを見てみると、
車って発明以来、小さな変化は重ねつつも、根本的な変化はありませんよね。
箱があって運転座席があって、石油でエンジンが動いて、4つのタイヤが動く、っていう。
それでも、時代と共にその機能はひたすら洗練されている。
なんか、テニスに似ているな。100年前からラケットでボールを打つっていうルールは全然変わってないけど、
ラケットっていう道具も、打ち方も、よりよい機能を求めて洗練されている。



どうしてテニスは洗練される必然性があるのか?
そんな理由はよく分からないけど、サンプラスとかフェデラーのテニスは美しくすらあった。
車が洗練されるのも、技術が洗練されるのも、同じような理由があるんじゃないかしら。