2009年7月9日木曜日

Mutig Denken ist nicht verboten

今日、ゼミがひとつ最終回を迎えた。
単位ほしい人は、一度授業の議事録をとらなくちゃいけなくて、
遅くのほうがいいだろうってことで今日は僕の番だったのだけど、
気づいたころには頭は昇天、しばし放心状態。
ドイツ来る前は、一年でネイティブ並みにドイツ語できるようになってるはずだったんだけどな・・・
って失望と郷愁と哀愁に浸りつつ、
ゼミの講師が大物外交官だからって最後だからって握手。

ところで今日の授業で、そのコソボ地位問題では最後まで交渉の最前線に立ち、挫折も経験したであろう実務者が、
イランやイスラエルなどまだまだ課題の多い中東、EU、アメリカ、ロシアなど世界中を包括する安全保障体制の可能性について言及した後に一言、

"To think bravely is not forbidden."


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Heute war die letzte Sitzung des Seminars von Wolfgang Ischinger, der vorher der wichtigste deutsche Diplomat hinsichtlich der Kosovo-Statusfrage war und jetzt der Vorsitzend der Münchner Sicherheitskonferenz ist.
Seit dem letzten September studiere ich an der LMU als Ein-Jahr-Austauschstudent, und an einem Seminar von einem deutschen Diplomat teilzunehmen war für mich eine große Herausforderung. Dabei müssen alle Studenten ein Referat halten und ein Protokoll führen. Ein Referat zu halten habe ich schon geschafft. Es war relativ leicht, weil ich vorher alles selber vorbereiten konnte. Aber beim Protokoll muss man alle Worte verstehen, begreifen, was sie bedeuten, und klar und kurz zusammenfassen.
Versucht habe ich schon, aber vergeblich. Jetzt bin ich sehr enttäuscht. Es sieht mir aus, als hätte ich in diesem Auslandsstudium gar nichts schaffen können. Vor der Ankunft in Deutschland hatte ich mir gehofft, dass ich in einem Jahr genauso gut wie deutsche Studenten Deutsch sprechen können werde...
Aber während meiner erfolglosen Bemühung der heutigen Sitzung ist mir ein Wort vom prominenten Wotschafter eingefallen, der sich lange mit der unlösbaren Kosovo-Frage beschäftigt hat und viel mehr enttäuscht sein sollte als jetztiges ich., und zwar,

"Mutig Denken ist nicht verboten."

Vorher hatte er über eine mögliche Bildung einer weltweiten Sicherheitsarchtektur erzählt.
Pessimistisch Denken ist auch nicht verboten, aber bringt nichts.
Mutig Denken könnnte auch nichts bringen, aber lässt mindestens eine Chance entstehen.
Ich würde lieber eine Chance nehmen, als keine Chance.

2009年7月8日水曜日

2009年7月7日火曜日

Though not special...


(06.2009, Marienplatz, Munich)

2009年7月6日月曜日

天気は今日も気まぐれ


近頃ミュンヘンは、
朝はスカッと晴れ、
昼から夕方にかけて土砂降り、
また晴れ間・・・
っていうような気まぐれな天気が続いております。

2009年7月3日金曜日

ミュンヘン映画祭: 「空を夢見る盲目の豚」

ドイツの映画祭といえばベルリナーレだけど、ここミュンヘンでも先週金曜日から今週土曜日まで約1週間、映画祭が行われております。
”Far East”、”Latin America”と、地域に焦点を当てたプログラムも組まれていて、日本からは押井守の「スカイ・クロラ」、北野武の「アキレスと亀」、塚本晋也の「悪夢探偵2」が上映されるようで。
他に”Far East”のカテゴリーで多いのは、中国、フィリピン、インドネシアからの映画。中国はわかるけど、フィリピンやインドネシアからも2・3本ずつ出品されていて、これはどうしたこったい。
ってパンフレット見ていて目に留まったのは、

Blind Pig Who Wants To Fly

空を夢見る盲目の豚・・・
この題名だけでも見ないわけにはいかないような衝動に駆られるのだけど、
更に映画から抜き取られた写真には、
爆竹をフランクフルトみたいにパンに挟んだのを口にくわえた少女が・・・
(この写真は、上のリンクから公式サイトに行けば見れるよ。)

これは、授業サボってでも見に行かなくちゃ、って授業は休講で幸いサボらなくてもよかったのだけど、
とにかくこの映画、めっちゃくちゃよかった。
日本では1度大阪で上映されて、まだ次に日本で上映する予定はないらしいのだけど、
要チェックです!
参考までに、公式サイトの登場人物紹介を意訳して下に載せさせていただきます。
これだけで面白いことはわかってもらえると思うのだけど、
トレイラーとか写真とかも見たら、この映画がキレイだってこともわかるかと。

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バドミントン元インドネシア・チャンピオンの母(Verawati)
彼女は、インドネシアのバドミントンナショナルティームの代表選手。しかし、彼女はインドネシア人なのか中国人なのか、質問され続けることにうんざりしていた。1980年代初頭、中国との世界選手権決勝で男の子が一言、いったいどちらがインドネシアの選手なの? 外見からはわからなかったらしい。そしてその瞬間、彼女は選手生活に幕を下ろすことを決断したが。しかしそれ以後も、”Indonesia”とロゴのついたユニフォームは着続けている。

盲目の歯科医である父(Halim)
彼は、バドミントン・チャンピオンの夫となることで、中国人としてではなくインドネシア人としてもっと楽な生活ができると考えていた。彼の希望は、彼自身そして家族のためにグリーン・カードを取得し、アメリカに移住すること。何年か前、目がパッチリ二重になるよう自らメスで切り開いた。それ以来彼はサングラスをかけ、スティーヴィー・ワンダーに自らを投影している。I just called to say I love you...

Linda
彼女は、彼らの娘。彼女が夢見ているのは、幼いころ一緒に爆竹に情熱を注ぎ、その美しさを共有したかの友を見つけ出すこと。彼らは幼馴染だったが、彼の両親が彼女といると中国人に間違えられるからといって彼らを引き離した。それ以来、彼女は抜け殻のようになってしまう…

Opa(祖父)
彼は、人生を謳歌している。笑いを絶やさず、気力にあふれ、友人と一緒にビリヤードをしながら死を待っている…

日系マナド人の親友(Cahyono)
彼は小さいころから、自分が中国人でもマナド人でもなく日本人であることを常に周りに示して生きてきた。ゆえに、いつでも野球のユニフォームを身に着けている。彼はテレビ局で犯罪ドラマの編集者として働いているが、とあるオーディションの編集中、モニターの中に偶然幼馴染の姿を見つける…

権力を持った二人の患者(HelmiとYahya)
彼らは元官僚のコスプレ好き。Halimにグリーン・カードを与えると約束し、また1998年の暴動から彼の家族を守った。しかし、彼らはとてつもなく冷酷でもある…

インドネシア人の美人看護婦(Salma)
彼女は美しいインドネシア女性で、夢を叶えるためなら何の犠牲も厭わない。ちなみにその夢とは、オーディションを勝ち抜いてアイドルになること。

盲目の豚 
彼は空を夢見ている。

・・・そして、それぞれの人生が交錯する。

2009年7月2日木曜日

Blind Pig Who Wants To Fly

Blind Pig Who Wants To Fly, Indonesia 2008
(BABI BUTA YANG INGIN TERBANG)
Director: Edwin
01.07.2009, Filmmuseum in Munich

Silent love story of Linda, Chinese-Indonesian girl, with full of beautiful images.
Especially the scene of burning firecracker in her mouth is splendid.
It is really good film and I recommend all of you to see it once!

Her passion on firecracker symbolizes thier hope.
With firecracker they can exile not only the evili but also every supression including the power of the indonesian bureaucrats.

As Japanese, I have to think of the power of being japanese in Indonesia.
But I do not know at all what it is like...I just cannot imagine, living in Japan over twenty years.
What I can however say would be, that Linda and her best japanese friend are tied tightly over that fucking national border.